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【1本のメールがつないだ心と心。音楽の力は無限大】

 

宇崎竜童氏・阿木燿子氏と明大町づくり道場学生による

音楽を通じた復興支援


「東日本大震災で楽器が流されてしまった、明大と関係のある小・中学校の吹奏楽部を探してくれないか」ゴールデンウィーク前の4月末に一本の電話が宇崎竜童氏から経営企画部校友課に入った。「今回の震災で自分に何ができるか。作曲家として、ミュージシャンとして音楽を通じた支援しかできないと思う。楽器を失って必要としている吹奏楽部の力になれれば」これを受け校友課で調査を開始。ニュースで東松島市、石巻市の被害が特に大きいと知り、急ぎ校友会宮城県支部に連絡を入れた。幹事長は言った。「あまりに範囲が広すぎるし、楽器を流された学校もたくさんあるから特定できないよ。」市教育委員会に確認し、同時にインターネットで情報を集めることにし、楽器を必要としている吹奏楽部を探していたところ、学生時代に明治大学応援団吹奏楽部と交流があり、現在は長野県で消防団に所属している方から情報が寄せられた。その内容はこうだ。「自分が懇意にしている大学教員の通信課程の学生が石巻市におり、その姪が東松島市立矢本第二中学校の吹奏楽部に所属していて、矢本第二中吹奏楽部の楽器は、震災でほぼ全滅の状態になり、生徒達が楽器を必要としている。」支援活動の継続には現地の助けが不可欠であり、再度校友会宮城県支部長に連絡を入れた。石巻地域支部長を兼務する宮城県支部長は、力強く応えた。「ちょうど隣町で交流がある中学校だし、そのようなお話があるならば、是非とも子供達の顔を明るくするため、被災地に元気を取り戻すため支部として協力したい」
早速、宇崎氏に経過を報告。今回の明大とのつながりもある「縁」を大切にし、矢本第二中楽器支援プロジェクトを立ち上げることになり、矢本第二中に連絡を入れた。

チャリティーライブ校長はじめ教頭、ならびに吹奏楽部顧問の教諭に今回の趣旨及び経緯を説明。詳細な楽器被害状況を聞いた。吹奏楽部顧問は言う。「翌日の卒業式のために普段は3階に保管してある楽器を、ちょうど1階に準備しているところに大震災による津波が押し寄せ、すべて流されてしまった。自衛隊の方が浮いている楽器を拾って届けてくださったりして手元に残った数少ない楽器も、津波のヘドロの臭いが取れず、不衛生な状態で使用しており、楽器修復ボランティアの方が点検してくれたものの、塩害でサビが早く、楽器として使えなくなってしまったものが大半な状況である。一時は吹奏楽部を廃部にしようかと考えたこともあるが、父兄会などから「楽器は子供達の心の拠り所となっている。希望と目標を失わせないでほしい」という声が寄せられ、なんとか存続を決定した矢先の今回のお話で、大変感謝するとともに、何より驚いている」

チャリティーライブ確認した被害状況を宇崎氏及び関係者に報告。具体的な支援内容について話し合う場で宇崎氏はこう述べた。「現在我々楽友会(軽音楽サークルOB会)は、お茶の水JAZZ祭実行委員会は、明治大学とともに、千代田区地域町おこし事業の一環である『お茶の水JAZZ祭』を開催している。また、明大生たちとも一緒に『明大まちづくり道場』として、茗渓通り商店街及び神保町ブックフェスティバル、ならびに神田スポーツ祭りなど千代田区の各催事でミュージックフェスティバルを運営し、音楽を通じた町おこし事業をボランティア活動として展開している。

東日本大震災復興支援のため、やはり自分は音楽で支援をしたい。矢本第二中学校吹奏楽部に『新品の楽器一式』を寄贈したいと思う。幸い、現在関わっている千代田区地域町おこし事業には、楽器店も協力してくれている。今回の楽器支援プロジェクトの趣旨をお話しし、楽器店の協力を得られれば不可能な話ではないと思う。」この宇崎氏の想いを受け、次のように矢本第二中楽器支援プロジェクトとして進めていくことを決定した。

1 必要楽器、楽器備品を把握し、それをまとめていち早く寄贈すること。楽器は生徒達の心の拠り所として今すぐに必要とされているためである。

2 楽器が用意できるまでの間、吹奏楽部生徒が打ち込めるためのものとして、阿木燿子氏がコーラス隊を指導していることから、宇崎氏作曲・阿木氏作詞の曲を中心に楽譜を寄贈することとした。

3 楽器を寄贈した後の継続的な支援活動は、楽友会が中心となり、大学、校友会、明大町づくり道場が協力していくこと。

4 楽器支援のためのチャリティーライヴを明大町づくり道場が主催して毎月開催していくこと。

5 楽器寄贈準備段階、寄贈終了までは、マスコミ取材NGとすること。これは、宇崎氏の「自分が芸能人であることでマスコミが来たりして現地に迷惑をかけたくない。明治大学の一OBとして支援活動に携わる」という想いによるもので、何より矢本第二中の混乱を回避するための最善の方策として決定したものである。


そして支援楽器、備品が決定。宇崎氏と楽器店の協議が重ねられ、蠕亢恭擺鐡控擇哭螢哀蹇璽丱襪各社の強みを生かして協力してくれることとなった。宇崎氏の想いに打たれた両社は、市価1000万円以上の楽器を原価で快く準備してくれることになったのである。
こうして宇崎氏の電話から情報収集と準備に1ヶ月を費やし、ようやく6月末までに全楽器を寄贈できる目途がたった6月8日、宇崎氏・阿木氏が矢本第二中学校を訪問し、校長以下学校関係者、父兄会の方々に挨拶に伺うこととなった。現地案内は校友会石巻地域支部が担当、今後の現地での交流についても話し合うこととした。いよいよ、6月8日当日、東京から宇崎氏・阿木氏・校友課長が新幹線でまず仙台に向かい、電車が復旧していないため、レンタカーで矢本第二中に向かった。
中学校に向かう途中、石巻沿岸、中学校周辺を回ったところ、瓦礫の山が続いており、あらためて東日本大震災の影響、津波の恐ろしさを目の当たりにした。そして中学校に到着。顔を合わせるたびに全員が元気良く挨拶をする矢本二中の生徒達。表情は明るく、逆に勇気付けられた気がした。
中学校では1階部分は浸水で電気が通っていないため、急造の校長室で、校長はじめ教頭、吹奏楽部顧問、宮城県支部長に挨拶。東松島市の現状、吹奏楽部の近況を伺った。
続いて父兄会の方々及び、今回のご縁の橋渡し役ともなった、吹奏楽部に姪を持つ方にお会いし、宇崎氏・阿木氏が交流を深め、父兄の方々からも感謝の言葉が寄せられた。
そして吹奏楽部顧問からサプライズプレゼントのアナウンス。実は、吹奏楽部生徒達が阿木さんからプレゼントされた楽譜を使って合唱の練習を重ね、3曲御礼に披露したいというのだ。会場に向かう宇崎氏・阿木氏一行。会場では1年生〜3年生約50名の学生達が拍手で迎え、部長の3年生による御礼の言葉から合唱がスタートした。
生徒達による心のこもった歌声に、宇崎氏・阿木氏は感動。それぞれ謝辞及び、今回の楽器支援プロジェクトが様々な団体、企業の協力のもとに成り立っている趣旨、楽器を寄贈できることの喜び、激励の言葉などが述べられ、阿木燿子氏からは「7月16日・17日に、釜石市・東松島市にてコーラスを中心としたチャリティコンサート及び、避難所でのマッサージサービスなどのボランティア活動をします。是非とも東松島市のコンサートで一緒の舞台で歌って欲しい。」と再会へのメッセージが贈られた。

そして6月中旬、ついに矢本二中へ全楽器を届けることができた。6月末には楽友会の名プロドラマーとして人気の、大隅寿男氏が矢本二中を訪問。寄贈したドラムセットでプレーを披露し、生徒達にプロの技を披露するなど、継続した交流の第一回目がなされた。

 矢本二中への最初の訪問から約1ヶ月。阿木氏が語っていた7月17日のコンサート当日。矢本二中から車で約15分の避難所となっている市民センターに、楽器支援プロジェクトに多大な協力をした螢哀蹇璽丱觴卍弘焚竺擺鐡溝緝修睨れる中、宇崎氏・阿木氏と矢本二中吹奏楽部生徒達の再会及び、共演が実現。炎天下での公演ではあったが、すがすがしい交流の一幕に、来場客も感動していた。
終了後、螢哀蹇璽丱觴卍垢ら、生徒達に「たくさん練習して、もっともっと音楽を好きになってください。愛してください。皆さんの今後を楽しみにしています」とエールが送られた。

 そして7月末、嬉しいニュースが大学に届いた。楽器を寄贈されてから少ない練習期間で一生懸命練習に練習を重ねて出場した東松島市・石巻市等地区の演奏コンクール。矢本第二中学校は、見事「銀賞」に輝いたのである。

プロジェクト関係者は言う。「今回の楽器支援プロジェクトは、明大町づくり道場学生たちも含む、関係者全員の気持ちがひとつになって実現できた。関係者全員に感謝している。様々な声があるのは理解している。しかし、今回の「ご縁」を大切にし、行動していくことで、少しでも生徒達を笑顔に、日本を元気にできることにつながるのではないだろうか。自分達にできることをこれからも大切にしていきたい」

 

 


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